睡眠リズム
『寝ボケ脳』に効く「一言つけ加える挨拶」
私か特に重視しているのは、元気に明るく挨拶をすることです。「挨拶しようなんて、幼稚園児みたいなことは言うな!」などと感じられたかもしれません。でも、誤解しないでください。ただ挨拶するのなら幼稚園児でもできますが、社会的同調因子として機能させるためには、挨拶にも工夫が必要です。挨拶は、実は奥が深いのです。
ただ機械的に「おはようございます」と言うだけなら、脳にとってはさほど負荷がかからないため、同調因子としての役割も限られます。是非、「おはようございます」の後に、一言、つけ加える努力をしてください。
たとえば、「おはようございます。昨日は遅くまで残業されていたそうですね」などといった具合です。「おはようございます」は朝の挨拶の定型句ですので、ボーつとしていても出てきますが、その後のご言は、思考力を司る前頭連合野を活発に働かさなければ出てきません。これだけで、『寝ボケ脳』の撃退にはかなり効果があります。
もし、どうしても相手に合わせたご言が言えなければ、相手の名前をつけ加えるだけでも結構です。「おはようございます。吉田さん!」でよいのです。よく知っている職場の同僚でも、名前を思い出すには前頭葉にある46野の機能を使用します。ただ、「おは ようございます」と言うよりは、はるかに脳の活性化につながります。
睡眠覚醒リズム障害が増えてきた最大の原因は、生活のなかから太陽光が切り離されてきたことでしょう。ただし、地域社会での人とのふれあいが希薄化してきたことも、原因の一端であると考えています。以前は朝起きたら家の前を掃除し、地域の人だちと声を掛けあうのが普通でした。ところが今では、テレビに映った時報に追い立てられながら、あわただしく身支度をしています。さらに、核家族化か進み、朝起きたら自然に家族と話す機会も減りました。一人暮らしの場合は、なおさら他人とのふれあいはありません。そんな社会背景が、睡眠や覚醒のリズムを脳がつかみにくい生活に駆り立てているのです。
今、ITの発展で自宅勤務も増えてきました。インターネットの普及によって、社会と個人との隔絶は、いっそう進もうとしています。こうした影響を受けて、今後、睡眠覚醒リズム障害がますます増えてくるのではないかと心配でなりません。いくら外出する必要がないといっても、家に閉じこもる生活では人間本来のリズムを維持できません。そんな今だからこそ、社会的同調因子を大切にしたライフスタイルを心がけていただきたいのです。
起きて人とふれあえば、脳は活動モードにシフトする
本来、一日25時間の体内時計を24時間の周期に同調させる因子として、光の刺激以外に、人とのふれあいも重要です。他人と直に会って会話をすることは、脳に効果的な刺激を与えてくれます。これにより、睡眠モードから活動モードヘの脳内のコンディションを切り換えられるのです。
テレビを見るのと他人と会うのとは、一見、よく似ていますが、脳の状態はまったく異なります。他人と会っているときは、相手の表情や発言を注意深く認識し、その場にふさわしい反応をしなければいけません。これは、脳にとってはかなり高度な情報処理を必要とする作業です。
こうした作業をこなすために、他人と会っているだけで、脳の奥深いところにある脳幹網様体が反応し、脳全体を活動状態に切り換えてくれる仕組みが脳には備わっています。一日の早い段階で他人とふれあえば、以上のような一連の反応を起こし、脳は睡眠モード
から活動モードヘと完全にシフトします。こうして、自分白身の体内時計が確実に社会のリズムに同調できるわけです。他人とのふれあいは、個人の体内時計を社会のリズムに同調させるという意味から、正式には「社会的同調因子」と呼ばれています。
社会的同調因子を確実に機能させるには、起床後、できるだけ早く、他人と積極的にふれあうことを習慣化させることが大切です。ですから、学校や職場での言動が鍵を握っているわけです。
光刺激起床法は脳にやさしく、能率もアップ
このように、音の刺激で起きるのは問題点だらけです。そこで私は、原始時代を生き抜いた人間の原点に戻って、光の刺激で目覚めることを提唱しています。朝、日の出とともに明るくなり寝か覚めるという、人間本来の起床方法に戻すということです。
といっても、起きなければいけない時間は個人によって様々です。それを日の出の時間に合わせるのは無理です。そこで私は、スタンドライトをタイマーにつなぎ、起床時間が近づいたら自動的に照らすようにしておくことをお勧めしています。つまり、照明器具の
力を借りて日の出をベッドの上で再現しようというものです。
眠っているときはまぶたを閉じているので、明るくしてもわからないのではないかと思われたかもしれません。しかし、まぶたを閉じていても、光はまぶたを通過して網膜まで届きます。実際、原始時代の人間はそうやって朝日を感じ、目を覚ましていました。
光の刺激で目覚める場合は、脳の状態に合わせて充分に時間をかけながら覚醒するのが特徴です。ごく浅い眠りにあればすぐに目が覚め、比較的、深い眠りにあれば時間をかけて目を覚まします。覚醒の仕方がマイルドで、脳の神経細胞にも血管にも優しい起き方です。脳のコンディションなどお構いなしに瞬時に覚醒させる音の刺激より、はるかに優れた方法です。
残念ながら、家庭用の一般の照明器具は明るさが限られているため、『ドラキュラ酵素』のNATを完全にブロックすることはできません。ですから起床後に、先ほどお勧めした屋外の光を取り込む生活習慣は、光の刺激で目覚めた場合でも行なう必要があります。ただし、普通のライトでも『ドラキュラ酵素』の活性を鈍らせることならできます。この点でも光の刺激で起床することにはメリットがあるわけです。
ちなみに私自身は、もう二十年ほど、毎朝、光の刺激で起床しています。学生時代は典型的な『寝ボケ脳』に悩まされてきましたが、
この方法を実践するようになってから、午前中の仕事や勉強の能率が一気に高まりました。あなたも是非、実践してみてください。
目覚まし時計のアラームに潜む落とし穴
午前中はどうも頭がボーつとするという『寝ボケ脳』に悩んでいる方は、起床の仕方にも一工夫が必要です。私かお勧めするのは、起床してから光を浴びるだけでなく、それをさらに一歩進めて、光の刺激によって目覚めることです。
現代人は、大半の方が、目覚まし時計の音の刺激で起床しているようです。実は、これは脳にとっては望ましい起き方とは言えません。
敵が近づいてきたときの足音。猛獣が襲ってきたときのうなり声……。人間が音の刺激で目覚めるのは、何か異常を感知し、その危険を回避するためです。命にかかわる可能性があるため、脳のコンディションなどお構いなしに急激に覚醒させます。このため、脳の
神経細胞や血管系には負荷がかかってしまうのです。これが、目覚まし時計に潜む一つ目の落とし穴です。
しかし、目覚まし時計にはもう一つの落とし穴があります。それは、音の刺激で目を覚ました場合、すぐにまた眠くなってしまうことです。原始時代、私たちの祖先は常に外敵の脅威におびえながら寝ていました。風が吹いてガサガサと物音がしただけで、すぐに目
を覚ますのですが、身の危険はないとわかるとすぐに眠ってしまいました。物音で目を覚まし、それ以降、起きっ放しでは身が持ちません。原始時代を生き抜くには、合理的な仕組みだったのです。
この名残が、目覚まし時計のアラーム音で見られます。アラーム音で一度は目を覚ますのに、どうしても起床できず、2度寝してしまうことがよくあります。「気合が足りないからだ」と精神論で片づけようとする人が多いようですが、私に言わせれば、悪いのは本人の心がけではなく、目覚まし時計のアラーム音で起床しようとする仕組みそのものです。
ぐっすり眠るための鍵は『ドラキュラ酵素』
では、光の刺激を受ければ、どうして体内時計は調整されるのでしょうか。鍵を握っているのは「メラトニン」という物質です。
脳の最も奥深いところにある脳幹部に米粒大の小さな器官がくっついています。これが「松果体」と呼ばれているものです。メラトニンは、ここから、夜、暗くなってくると分泌される仕組みになっています。
メラトニンには脳全体の活動を静める作用があります。ですから、脳のなかでメラトニンの量が一定の水準を超えると、やがて眠りにいざなわれるのです。このため、メラトニンは別名、「睡眠ホルモン」とも呼ばれています。
メラトニンは睡眠にとっては大切な脳内ホルモンですが、日中も分泌されると、眠くなるので困ります。そこで、朝、光を浴びると自動的にメラトニンの生産がストップしてしまう仕組みを脳は持っているのです。
実は睡眠ホルモンのメラトニンは、セロトニンを原料としてっくられます。セロトニンとは「癒しホルモン」とも呼ばれているものです。日中に精神のバランスを保ちながらパリパリと仕事や勉強に打ち込むためには、セロトニンはなくてはならない脳内ホルモンです。
脳の視交叉上核には、「NAT(N-アセチルトランスフェラーゼ)」という酵素があります。夜間はこの酵素の働きでセロトニンがせっせとメラトニンにつくり変えられています。
何だか難しそうな名前だなと感じた方は、『ドラキュラ酵素』と覚えてください。なぜ『ドラキュラ酵素』かというと、NATは光がない状態でしか働かないからです。ドラキュラは朝日が昇ると、大慌てで棺桶に隠れますね。これと同じように、『ドラキュラ酵素』のNATも光の刺激によって活性が失われる性質があります。このため、目の網膜が光を感じると、視交叉上核ではメラトニンをつくることができなくなるのです。
朝、光を浴びるべきだというのは、『寝ボケ脳』から卒業するためばかりではありません。夜の寝つきをよくするという、うれしい効果も期待できるのです。
起床後、早い段階で光を浴びてメラトニンの合成をストップさせておけば、夜、暗くなると、逆にメラトニンの分泌が活発に行なわれるという特徴的な性質があります。このため、朝、しっかり光の刺激を受ければ、その日の夜にはぐっすりと眠ることができるのです。これに対し、起床後も光を浴びなければ、メラトニンはタラタラと合成され続けます。すると、夜、必要なときに充分な量が分泌できなくなるのです。
実際、暗い部屋に一日中、閉じこもっていた日は、夜、なかなか寝つけないものです。一方、晴れた日に屋外で活動したら、夜はよく眠れるものです。こうした寝つきの善し悪しは、どなたも思い当たる経験があるでしょう。これも、『ドラキュラ酵素』が鍵を握っていたわけです。
起床後、できるだけ早い段階で光を充分に浴びることがいかに大切か、ご理解いただけたかと思います。『寝ボケ脳』撃退のためにも、夜の寝つきをよくするためにも、是非、明日から実践してください。
通勤通学途中に光刺激を受けるちょっとした工夫
話は少し大仰になってきましたが、やっていただくことは簡単なことです。まず、起床したら、必ずカーテンを開け、窓から光を取り入れてください。顔を出して外を眺めれば、なおさら結構です。本当は外を散歩していただきたいのですが、週末ならともかく、あわただしいウイークデーの朝に実践するのは無理でしょう。そこで、私かお勤めするのは、通勤や通学の途中でより多くの光が目に入るように工夫することです。
たとえば、通勤電車に乗っているときは、できるだけ窓に向かい合って立ったほうがよいでしょう。電車の窓は大きいため、これだけでかなりの光刺激を受けることができます。さらに、時折、意識的に窓の外を眺めれば、確実に目の網膜に光を当てられます。
また、歩いているときは、胸を張って視線を高くしてください。うつむき加減に歩いているときより、格段に多くの光を目に入れることができます。そして、たまに空を見上げていただければ言うことなしです。
私はこれを、往年の大ヒットソング、「上を向いて歩こう」に敬意を表して「坂本九作戦」と名づけました。毎朝、鼻歌を歌いながら実践しています。
起きたら光を浴びて『寝ボケ脳』撃退
こうした『寝ボケ脳』を撃退するには、「高照度光療法」と同じように、起床後のできるだけ早い段階で、目に光を入れるのが一番です。この場合は、特別な装置は必要ありません。日常生活のなかで、ほんの少し工夫をするだけで、『寝ボケ脳』を撃退できるのです。
最も実践していただきたいのは、屋外を眺めることです。曇った日の空がちょうど一万ルクスです。「高照度光療法」では2000ルクスから一万ルクス程度の光を与えますので、実は外に出て空を眺めるだけで、天然の「高照度光療法」を受けることができるわけです。
それに比べ室内は意外なほど暗く、せいぜい500ルクス程度です。曇った空の照度の20分の1に過ぎません。実際、室内で「高照度光療法」の装置を見ると、驚くはど明るく感じます。人間は瞳孔の大きさをコントロールすることで明るさに順応しているため、普段は室内の暗さに気づかないだけなのです。
『寝ボケ脳』の本質も、まさにこの部分にあります。人間の脳は、原始時代の生活に適応するように進化してきたものです。屋外で活動していた原始時代には、太陽の光の刺激によって一日のリズムを刻むという仕組みで、何の弊害もありませんでした。しかし、室内
中心の生活を行なう現代人は、室内が想像以上に暗いために、体内時計の調節が上手くいかなくなってしまったのです。『寝ボケ脳』は、いわば一都市空間に住む現代人に背負わされた十字架」です。ですから、起床後に意識して光を浴びる習慣を身につけることは、現代人に課せられた義務だと言ってもいいかもしれません。
室内で働く人や若者に多い『寝ボケ脳』
非24時間型の睡眠覚醒リズム障害は、周期が25時間の体内時計を24時間に調整できないのが主な原因です。この調整は、正常であれば光などの同調因子によって行なわれるのですが、そのプロセスが充分に機能していないため、毎日、1時間ずつ、ずれが生じてしまうのです。
そこで治療の方針としては、同調因子の強化を狙います。最も有効なのは「高照度光療法」という治療法です。これは、その名の通り高照度の光、つまり明るい光によって体内時計を調節しようというものです。
実際の治療には、数多くの蛍光灯がぎっしりと並べられた独特の照明装置を使います。毎朝、この装置の前で、二000ルクスから一万ルクス程度の光を浴びることによって、体内時計を整えるわけです。二週間はど続けていただければ、かなりの効果が表れます。
重篤な症状が出ている睡眠覚醒リズム障害の患者さんには、病院に入院して専門医の指導の下で「高照度光療法」を受けていただく必要があります。もちろん、体内時計の調節が上手くいかず、午前中、ボーつとしてしまうといった程度であれば、こうした特殊な装置を使う必要はありません。ただし、治療の方針は「高照度光療法」と同じです。
「どうも寝起きが悪く、起床後も頭がすっきりしない」「起床後も数時間、眠気が引かない」「午前中いっぱい、ボーつとしてしまう」……こうした症状が思い当たる人は、病気としての睡眠覚醒リズム障害ではないにしても、その予備軍になっている可能性はあります。少なくとも、体内時計の同調が充分でないのは確かです。こうした状態は、正式には「睡眠惰性」と言いますが、私はわかりやすく『寝ボケ脳』と呼んでいます。
人間は起床すると副交感神経が優位な状態から交感神経が優位な状態に切り換わります。これに伴って、血圧や体温が上昇する仕組みになっているのです。細胞に届けられる酸素や栄養素が増え、代謝も活発になるわけですから、身体や脳そのものが活動的になるのは当然です。
『寝ボケ脳』は、体内時計の同調が不十分なため、起床後もこのプロセスが上手く働かないため陥ってしまうものです。『寝ボケ脳』は室内で仕事をする現代人には、しばしば認められる症状です。特に二十代や三十代といった若い世代には多く、自覚のない人も注意
してください。
朝、起きられなくなる病気?
非24時間型の睡眠覚醒リズム障害は、1981年に米国のワイツマンの報告で初めて明らかになった、比較的、歴史が浅い病気で、思春期の子供に多いのが特徴です。一日の周期が24時間ではないため、「非24時間型」と呼ばれています。ごく稀に24時間よりも短い周期の方もいますが、大半は24時間よりも長い周期を刻みます。なかでも多いのが、一日が25時間になってしまうタイプです。 患者さんの生活は、こんな具合です。ある日は、夜12時に眠り、朝7時に起床します。これなら問題はないのですが、次の日は、夜中の1時まで眠れず、朝も8時まで起きられません。さらに次の日は、夜中の2時まで眠れず、朝は9時まで起きられません。こうし
て就寝時間も起床時間も、毎日、1時間ずつ遅れてしまうのです。
もちろん学生であれば学校に遅刻、社会人であれば会社に遅刻してしまいます。社会生活に支障をきたすので、患者さんにとってはつらいものです。 ただし、この病気の本当のつらさは、周囲の理解を得られないことです。「朝、起きられなくて、遅刻しました」と正直に理由を話しても、世間は単なる朝寝坊としか見なしてくれません。学校の先生も会社の上司も「たるんでいるヤツだ」と思うだけです。
しかし、睡眠覚醒リズム障害は病気です。決してたるんでいるわけでも怠けているわけでもありません。骨折してギプスをしていれば、目で見ただけでケガだとわかるため周囲の人はいたわってくれます。ところが目に見えない病気に対しては、世間の風は冷たいので、時に患者さんを精神的に追い詰めてしまうことがあります。是非、無理解を改めていただきたいと思います。
これは病気ですから、根性や気合だけで治そうとしてはいけません。医師の元で正しい治療を受ければ、ほとんどの方が軽快します。是非、自分一人で悩まず、専門の医療機関で受診してください。
現代人は「睡眠覚醒リズム障害」予備軍
「夜はいつまでも起きていられるのに、なぜだか朝は起きられない」
「朝、目が覚めてもベッドから起き上がれず、どうしても2度寝してしまう」
「起きた後、数時間はボーつとしていて、午前中は頭が働いてくれない」
あなたは、このような悩みを抱えていませんか。これは、体内時計を上手く調節できていないのが原因です。これが病的に重い症状となって表れるのが、「睡眠覚醒リズム障害」という病気です。
ここでは、この症状について理解を深めることで、体内時計の調節方法を学びとっていただきます。「私は病気ではないから関係ない」なんて思わないでください。確かに診断基準を満たした厳密な意味での睡眠覚醒リズム障害ではなくても、都市生活を営む現代人の大半は、大なり小なり同様の問題を抱えています。誤解を恐れずにいえば、現代人は全員が睡眠覚醒リズム障害の予備軍です。だからこそ、仕事や勉強で確かな結果を出すには、この症状についてよく理解し、脳のなかの前頭連合野や大脳辺縁系を望ましい状態に維持する技術を身につけていただきたいのです。
睡眠覚醒リズム障害には、大きく分けて三つのタイプがあります。「睡眠相後退症候群」「不規則型」、それに「非24時間型」です。といっても、細かい分類まで覚えていただく必要はありません。ここでは睡眠覚醒リズム障害の本質を理解していただくために、非24時間型を例にとって説明しましょう。

