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睡眠不足

睡眠不足で生活習慣病

運動不足と食べ過ぎが生活習慣病をもたらすことは有名です。ところが、世間ではあまり知られていないようですが、睡眠不足も糖尿病や高血圧、高脂血症といった生活習慣病の原因になるのです。特に肥満に関しては、寝不足によって助長されるメカニズムがかな
り解明されています。ダイエットに励む女性は、まず、睡眠不足を解消することからライフスタイルを見直してください。

睡眠と肥満を結びつける鍵を握っているのは、「レプチン」と「グレリン」という二つのホルモンです。

レプチンはペプチドホルモンの一種で、脳の視床下部にある満腹中枢に働いて食欲を抑えてくれます。このため、レプチンは「食欲抑制物質」とも呼ばれています。また、ありかたいことに基礎代謝量をアップさせる効果も持っています。レプチンは、一方で食事の量を減らし、同時にカロリーの消費を増やしてくれるわけです。ダイエットのためには、まさに打ってつけのホルモンですね。

実は、こうした女性にとってうれしい性質を持つレプチンを分泌しているのは、彼女たちが忌み嫌う全身の脂肪細胞なのです。一見、皮肉にも感じられますね。しかし、よく考えてみれば、これは実に合理的な仕組みです。

脂肪細胞が肥大し太り過ぎてしまえば、レプチンの分泌量も増加します。するとレプチンの働きで肥満が解消します。一方、脂肪細胞がやせ細っているときは、レプチンの分泌 量も減少し、やせ過ぎが緩和できます。こうして、全身の脂肪組織の量を適正な水準に維持できるのです。

一方、グレリンの役割は、レプチンの正反対です。グレリンは胃でつくられるのですが、こちらは食欲を促す働きがあります。このため、「食欲促進物質」とも呼ばれます。

肥満助長のメカニズム

最近、睡眠不足になると、レプチンの分泌が低下し、さらにグレリンの分泌が増加することがわかってきました。食欲抑制物質が少なくなり、食欲促進物質が増加するのですから、肥満が進むのは当然です。徹夜すると、妙にお腹がすくのもこのためです。

睡眠不足で肥満をきたしてしまった方にとって、レプチンとグレリンは恨めしいホルモンかもしれません。しかし、睡眠不足のときに食欲を増進させること自体は、医学的には充分に理に適ったことです。

睡眠不足もストレスの一つです。このため、睡眠が不足してしまうと「ストレスホルモン」とも呼ばれるグルココルチコイドの分泌が増加します。グルココルチコイドの目的の一つは血糖値を上昇させることです。これにより、とりあえず血液中の栄養源をいっぱいにしてあげて、ストレスのかかる状況でも耐えられるように全身の細胞の手助けしてくれるのです。

ただし、いくらグルココルチコイドの分泌量が増えても、糖の原料となる栄養素が不足していたら、どうしようもありません。そこで、睡眠不足のときはグルココルチコイドと一緒に食欲促進物質のグレリンの量を増やし、同時に食欲抑制物質のレプチンを減らすのです。こうして食事の量を増やしておけば、栄養素は次々と全身の細胞に供給されます。

このように、睡眠不足という緊急事態を乗り切るためには、レプチンとグレリンという二つのホルモンは、実に機能的に働く仕組みになっています。

問題なのは、睡眠不足の状態を長期間、続けてしまうことです。人体の仕組みは、急場の短期的な睡眠不足には対応できるようになっていますが、慢性的な寝不足にはお手上げです。

説明は省きますが、肥満と同様に、睡眠不足によって、糖尿病や高血圧、高脂血症といった生活習慣病のリスクも増加してしまいます。いつまでも健康で美しく元気に過ごすためには、睡眠不足を解消するように心がけてください。  


睡眠不足でのガンのリスクが増加、感染症もアップ

癌の芽を摘み取る免疫機構

慢性的な睡眠不足が招く最も恐ろしい健康被害は何かと尋ねられたら、私は迷わず「発 癌のリスクが高まることだ」と答えます。ところが、どうも世間では、睡眠と癌とは無関係だと思っている方が多いようです。

私は健康をテーマにした講演会なども開いています。長時間の講演で聴衆の集中力が落ちてきたなと感じたら、必ず出すことにしている話題が、睡眠とガンとの関係です。すると効果はてきめんに表れます。睡眠不足は誰しも思い当たるだけに、癌につながるものだと話すと皆さん、身を乗り出して聴いてくれます。

睡眠と癌。一見、無関係だと感じられるこの両者を結びつけるキーワードは「免疫機構」です。慢性的な睡眠不足が続けば、免疫力は確実に低下します。そのために発癌のリスクが高まるのです。

実は癌細胞自体は、私たちの身体のなかで毎日、無数に生まれています。健康な人には癌細胞などまったく存在しないと思われているかもしれませんが、それは間違いです。老いも若きも、男性も女性も、生きてさえいれば癌細胞は全身で発生しています。これが、
いわゆる「癌の芽」と呼ばれているものです。

自分の身体に癌の芽ができているなんて、想像するとゾッとする話ですね。しかし、心配はご無用です。通常、問題になることはありません。

この仕組みは、芸能界によく似ています。私は最近、テレビやラジオヘの出演機会も増え、芸能界の実情もよく耳にするようになりました。そんななかで驚いたのは、実力があるタレントなのに、力があるがために芸能界から消えていくことがあるということです。将来、自分の立場を脅かしかねないと感じた先輩につぶされるため、日の目を見ることなく芸能界から消え去っていくのだといいます。これが、文字通り、「芽のうちに摘み取る」というものです。

芽のうちに摘み取られる駆け出しのタレントさんは、実に気の毒ですね。しかし人体では、癌が芽のうちに摘み取られるため、病気にならずに済んでいるのです。

癌細胞は放置するとどんどん分裂し、大きな塊になります。この段階で初めて悪さをするのです。芽の段階で摘み取ることができれば、何の問題もありません。

芸能界の場合は、芽を摘み取るのは意地悪な大御所タレントなのかもしれませんが、人体の場合は癌の芽を摘み取ってくれるのはリンパ球です。なかでもNK細胞(ナチュラル・キラー・セル)というリンパ球は、別名、「殺し屋(キラー)」というニックネームがっいているだけあって、癌細胞を次々と摘み取ってくれます。

免疫力低下のメカニズム

癌細胞を摘み取る方法は、実に大胆です。NK細胞は、「パーフォリン」という物質を癌細胞の細胞膜にぶち込む機能を持っているのです。ドテッパラに銃弾を撃ち込むように、癌細胞に穴を開けて殺してしまいます。どうやら芽の摘み方は、芸能界よりも人体のほうが強烈なようですね。ちなみに、「穴を開ける」を英語で言うと"Perforin"です。"Perforin"は、癌細胞に穴を開けることからこの名前がつけられました。

こうした癌細胞を撃退する方法は、何とも頼もしい免疫システムなのですが、弱点もあります。それが、睡眠不足に弱いことです。充分に睡眠をとらなければ、リンパ球の活性が落ちてしまいます。このため、免疫力も低下してしまうのです。すると、芽のうちに癌細胞を摘み取ることができなくなるため、結果として発癌率が高まるというわけです。

睡眠不足で免疫システムの機能が低下する仕組みを説明しましたが、言葉による説明だけでは、今ひとつピンとこないかもしれません。しかし、大半の方は自覚していないだけで、実はこのことをご自身で何度も体験しているはずです。

寒い冬場に、仕事や勉強のために徹夜をしたら風邪をひいてしまった……。こんな経験が、どなたにもあるはずです。これはまさしく、免疫力の低下がなせる業です。癌の芽の場合と同じように、免疫システムが上手く働いてくれなかったのが原因なのです。このため、風邪のウイルスやバクテリアを撃退できなかったわけです。

病気になると眠くなり、実際に睡眠時間も長くなりがちです。これは、長い時間、しっかりと眠ることで免疫システムを強化し、病原体に打ち勝とうという人体の知恵が働いているためだと考えられます。こんなときは無理をしてはいけません。身体の求めに応じて、充分に睡眠をとるのが得策だと言えるのです。

風邪の原因はウイルスやバクテリアによる感染です。人体が癌細胞を攻撃する場合と、ウイルスやバクテリアを排除する場合とでは、まったく異なる仕組みが働いているのではないかと思われるかもしれませんが、実際にはかなりよく似たシステムが働いているのです。

免疫学がテーマではありませんので、詳しい解説は省略しますが、特にウイルスと癌に対しては、人体はかなり共通した仕組みによって防御しているのです。

現在、日本ではおよそ三人に一人が、癌によって亡くなっています。しかも、その割合は、高齢化によって、今後ますます増えていくものと予想されています。癌は、間違いなく人類最大の敵です。そんな手ごわい癌に蝕まれないためにも、睡眠不足は是非とも避けてください。 


睡眠不足での記憶力低下と情緒障害

記憶力低下と情緒障害

夢はどうして見られるのか

人間の睡眠は、レム睡眠とノンレム睡眠の二つの状態から成り立っています。このうち、睡眠時間を削ると、まずレム睡眠の時間が優先的に減少する仕組みになっています。一方、ノンレム睡眠の減少時間は、比較的わずかです。

睡眠時間の不足によりレム睡眠の時間が大幅に短くなれば、その機能が充分に果たされなくなるのは当然のことです。こうして生じるやっかいな問題が、せっかく覚えたにもかかわらず記憶の定着が妨げられてしまうことです。

ここでは、レム睡眠の特徴について簡単に解説します。そのうえで、レム睡眠が充分にとれないとどのような症状が出るのか説明しましょう。

レム睡眠は、実に興味深い睡眠状態です。レムとは、Rapid Eye Movement”の頭文字をとって略したものです。日本語に訳すと、「急速眼球運動」ですね。実際、この名前の通り、レム睡眠をとっている間は、まぶたの裏側で私たちの目は激しく動いています。 

実は、レム睡眠はひょんなことから偶然に発見されました。以前から、眠りについた直後に目がゆっくりと動くことは知られていました。こうした動きが入眠直後以外にも現れるのかを調べる目的で、シカゴ大学のアゼリンスキーは、一晩中、眼球の動きを測定できる装置をつくり調べました。すると、まったく予期しなかった激しい眼球運動が見つかったのです。

当時は、眠りとは脳も肉体も静かに休息をとる時間だというのが常識でした。それだけに、これは衝撃的な発見だったのです。こうしてレム睡眠という状態が知られるところとなりました。

さらに、レム睡眠には興味深い性質があることもわかりました。この時間帯に起こすと、八割の人が夢を見ていたと答えたのです。これに対し、ノンレム睡眠の時間帯に起こすと、夢を見ていたと答える人は、格段に少ない割合でした。

しかも、ノンレム睡眠中に見る夢は、単純で漠然としたものが大半です。どちらかというと、ぼんやりとした印象のようなものだと言ってもいいでしょう。

夢というと、一般的には、何かを見ている、何かを聞いている、あるいは何か行動をしているといった具体的な体験をイメージをします。このような典刑的なタイプの夢は、人半がレム睡眠の時間帯に見ていると考えて間違いありません。こうしてレム睡眠が、夢という人間にとって不思議な現象と結びつくことによって、一気に注目を集めるようになりました。

記憶はレム睡眠で定着アップする

レム睡眠中は、大脳辺縁系をはじめ、大脳新皮質でもほとんどの領域で、起きているときと同じ程度の活動が認められます。ところが、大脳新皮質のなかで論理的な思考力を司る前頭連合野だけは、活動が大幅に低下しています。このため、レム睡眠中は物事を論理的に考えることが不得意になっているのです。

夢のなかで体験するストーリーは、起きてから考えると矛盾だらけで、まったくバカバカしいものも少なくありません。ところが、夢を見ている最中は不自然だとは感じないものです。これは、レム睡眠中に前頭連合野の機能が低下しているためです。論理的な思考力が働かないので矛盾に気づくことができません。

逆に、脳のなかでレム睡眠中に特徴的に活動する部分もあります。それが、記憶の中枢、海馬です。海馬では、レム睡眠の開、Tンー
ター波」と呼ばれる脳波が観測されます。また、レム睡眠中には多くのブドウ糖が使われることから、代謝も活発に行なわれていると
推定できます。これは、海馬が記憶の取捨選択を行ない、一時的な記憶に過ぎない近時記憶から半永久的に消えない遠隔記憶へと変換しているためだと考えられています。

実際、レム睡眠を充分にとれば記憶の定着率が上がることが知られています。また、レム睡眠の時間に何度も睡眠を無理やり中断さ
せると、記憶の定着率は大幅に低下してしまいます。

情報化社会を迎えた今、仕事で大きな成果をつかみ取るためには、他人よりも多くの情報をきちんと記憶しなければなりません。これまで以上に、記憶の量と質がモノをいうようになりました。

こんな時代を生きるからこそ、しっかりと質の高いレム睡眠を確保することによって、記憶を味方につけることが重要な意味を持ちます。 


睡眠不足と洞察力

脳の高等な部分ほど睡眠不足に弱い

脳は様々な機能を担っていますが、睡眠不足がすべてに対して均等に悪さをするわけではありません。睡眠の質と量の低下が、脳のどの部分により深刻な悪影響を与えるのかを知ることは、多忙な現代人にとって有意義です。ここでは、脳と進化との関係を軸に、睡
眠不足の弊害について考えていきましょう。

人間の脳は、進化の様々な段階で獲得したそれぞれの部分が集まってできあかっています。この意味では、脳は各パーツの寄り合い所帯と言えます。脳を大きく分類すると、「昶虫類の脳」である脳幹、下等な哺乳類になって獲得した大脳辺縁系、それに高等な哺
乳類になって獲得した大脳新皮質という三つの部分に分けられます。

この三つの部分を比較すると、睡眠について面白い特徴が見えてきます。大雑把にいえば、進化の後の段階で獲得した脳ほど睡眠不足でダメージを受けやすいのです。 たとえば、呼吸中枢は「昶虫類の脳」と呼ばれる脳幹にあります。よく考えれば、これはぬたり前のことですね。ワニもトカゲも呼吸を行なっているわけですから、呼吸中枢は賭虫類に進化した時点で獲得していたはずです。

脳幹は、数日、徹夜したくらいでは、機能停止に陥ることはありません。徹夜して勉強したら、病気ではないのに呼吸が停止して死
亡したなどというニュースは、聞いたことがないでしょう。進化の古い段階で獲得した脳幹は、睡眠不足に対しては、比較的タフなの
です。

これに対して、進化のうえで後から獲得した脳は、睡眠不足に対してはるかに脆弱です。高等な哺乳類に進化して獲得したのは大 

                                      
脳新皮質でしたが、そのなかでも、最も後の段階になって獲得したのが前頭連合野です。前頭迎合野は、ネコでは大脳皮質の3パーセント程度に過ぎないのに対して、人間ではでは30パーセント近くに達しています。脳のなかでこの部分は、まさに人問になって発達させたわけです。

前頭連合野は、理性や思考力、それに創造力などを司っています。実際、理性的なネコや思考力のあるネズミ、創造力のあるウマなどは、見たことかありませんね。こう考えると、人間に進化して初めて前頭連合野を発達させたことがよくわかります。

集中力、思考力、やる気が低下

このように前頭連合野こそが、人間が人間であることの根幹を支える大切な領域です。実は、この部分が睡眠不足には最もダメージを受けやすい性質を持っています。

実際、睡眠不足になると前頭連合野の働きが悪くなることは、日常生活のなかで知らず知らずのうちに、どなたも経験しているはずです。寝不足になると、集中力がなくなり、思考力も低下し、やる気もなくなります。これらはすべて前頭連合野の働きが妨げられることによって起こります。

洞察力も前頭連合野が生み出す能力です。ドイツのリューベック大学の研究グループは、睡眠をとらなければ洞察力が低下するこ
とを実証しました。被験者にカードを使った一連の作業を行なってもらい、そこに一定の法則があることに気づくかどうかで洞察力を
評価したのです。これによれば、睡眠をたっぷりとった被験者は洞察力が高く、睡眠不足の被験者は洞察力が低いという客観的なデータが得られています。

また、怒りっぽくなったり、原始的な欲望や衝動が上手くコントロールできなくなることも、前頭連合野の機能低下で説明できます。欲望や衝動と呼ばれる原始的な感情は、下等な哺乳類の段階で獲得した大脳辺縁系で生み出される現象です。ただし、普段は暴走しないように理性の中枢である前頭連合野がコントロールしているのです。ところが睡眠不足で前頭連合野の機能が低下すると、このストッパーが外れてしまって、普段は抑えられていた欲望や衝動が独り歩きしてしまいます。

もちろん、人間が生きていくためには、ハ虫類の段階で獲得した脳や下等な哺乳類の段階で獲得した脳の機能も不可欠です。ただし、ビジネスパーソンが仕事で結果を残すため、あるいは学生が勉強でいい成績を残すためには、人間だけが発達させた前頭連合野の機能は特に重要です。高度な知的作業で結果を残したければ、とりわけ質の高い睡眠をしっかりとるように、心がけてください。 


マイクロスリープは事故を引き起こす

瞬間的な眠りの功罪

ピーター・トリップさんの場合もランディーガードナー少年の拗合も、脳科学的に厳密に評価すれば、まったく眠らなかったと断定するのは的確ではありません。いずれのケースも、時折、「マイクロスリープ」と呼ばれる瞬間的な眠りをとっていたと考えられるからです。

マイクロスリープとは、数秒程度、瞬間的に眠ってしまう特殊な睡眠現象です。睡眠不足にもかかわらず無理に起き続けようとすると、マイクロスリープが現れます。ただし、眠ってしまうといっても、ごく短い時間ですので、外見とは起きているように見えることもあります。

264時間にわたって起き続けたガードナー少年の場合は、目は開けているものの、身体をゆすったり話しかけたりしても反応が返ってこなかった瞬間がありました。当時は、そもそもマイクロスリーブの存在自体が知られていませんでした。ですから、彼がその時間に眠っているとは誰も思いませんでした。

しかし、今から思えば、間違いなくその瞬間にマイクロスリーブに陥っていたと考えられます。この点では、264時間という断眠記録は、正確にいうともっと前に途切れていたということになります。

実際、日本やドイツでは、脳波を計測しながら断眠に挑戦する実験が行なわれています。この場合は、脳波で厳密に覚醒していることを確認し続けますので、マイクロスリーブをとることはできません。起きていられた時間は、それぞれ102時間と114時間で、いずれもガードナー少年のケースの半分以下です。ですから、逆にいえば、マイクロスリープは、数秒間というごくわずかな時間、眠るだけですが、睡眠の効果という点では決して小さくないということが推測できるわけです。

マイクロスリーープの有無は、断眠実験の終了後にも意外な形で現れました。マイクロスリ几フをとらない完全な断眠の場合は、回復するには長い時間を要しました。それに対し、マイクロスリーブをとったであろうトリップさんやガードナー少年の場合は、一晩ぐっすり眠っただけで充分に回復したそうです。特にガードナー少年は、翌朝にはいつも通り高校に登校し、同級生を驚かせたといいます。マイクロスリーブの力は恐るべしといったところです。

マイクロスリーブには、天使と悪魔の二つの側面があります。睡眠不足に陥ったときに、脳の機能が破綻するのを最小限の時間で防いでくれるという点では、マイクロスリーブは天使だと言えます。

ところが同時に、マイクロスリープという仕組みがあるがために、私たちはついつい睡眠不足を精神力で克服しようとしてしまいます。その結果、居眠り運転をはじめ、果ては原発事故やスペース・シャトルの事故に至るまで、深刻な事態を招いてしまうこともあるのです。この点では、マイクロスリープは間違いなく悪魔です。

どうかマイクロスリーブの悪魔に、あなたの大切な人生を狂わされないように、質の高い睡眠を着実にとるように心がけてください。 


睡眠不足による幻覚・幻聴

人間は眠らなければどうなるのか?

仕事やプライペートが多忙になると、「永遠に眠らなくてもやっていけたら、好都合なのになあ」と感じることがあります。では、人間はいつまでも眠らなければ、いったい、どうなってしまうのでしょうか。このことを、身をもって教えてくれたのが、WMGMというアメリカのラジオ局で人気DJだったピーター・トリップさんです。

彼は1959年に、何と200時間以上にわたって、一切、眠ることなく起き続けたことが確認されています。正確にいえば、8日と9時間という途方もない記録です。

このように、睡眠を断って起き続けることを「断眠」と言います。世界中の様々な国で断眠への挑戦が行なわれていますが、実をいうと、こうした断眠記録のなかには、結構、眉唾ものも少なくありません。実際には、隠れてこっそりと眠っていたなどというケースもあるのです。

たとえば、少年時代に事故にあってから、まったく眠らなくなったという米国人の男性がテレビなどで盛んに取り上げられたことがありました。もし事実であれば、驚愕すべき事例です。ところが、本当のところは、少なくとも一睡もしていないというのはウソたったようです。彼が居眠りをしているところを目撃したという指摘が、多数、寄せられたからです。

ところが、ピーター・トリップさんの場合は、正真正銘、眠っていなかったのは確かです。なぜなら、彼の場合は、衆人環視の状態で断眠に挑戦したからです。

彼は、ニューヨークのど真ん中に群集が見物できるガラス張りの臨時ラジオブースをつくり、そこで休むことなくしゃべり続けました。小児麻庫患者の救済募金のため、断眠DJに挑戦したのです。ラジオブースの前の群集が、彼が断眠を続けた生き証人です。これなら、彼の断眠記録は信頼してもよさそうです。

断眠し続けると幻覚や妄想が現れる……

初めは快調に話し続けていたピーター・トリップさんも、断眠が続くに従って言動は次第に異常なものとなりました。やがて精神が害され、最後には幻覚や妄想が現れたといいます。

もちろん、人体に危険な挑戦だということで、常に医師が見守っていました。しかし、ピーター・トリップさんは、こともあろうに医者が自分を葬ろうとする葬儀屋だとカン違いしたそうです。医師が健康状態をチェックしようと近づくと恐れおののいて逃げ回ったといいます。また、「レコードの上に虫が這っている」「時計が人間の顔をして自分を見つめている」など異常な発言をすることもあったと伝えられています。

どうやらトリップさんは、極度の睡眠不足のために精神的にもトリップしてしまったようです。ダジヤレはさておき、睡眠をとらないということがいかに恐ろしいことなのか、改めて教えてくれたエピソードだと言えます。

264時間断眠した少年

ちなみに、1964年には当時、ト七歳たったランディ・ガードナー少年がクリスマス休暇に断眠に挑戦し、264時間12分、起き続け、ピーター・トリップさんの記録を塗り替えています。このケースも医師や科学者が常に観察し続けていたため、こっそり眠ったということはありません。

彼の場合は、ウィリアムーデメント医師が脳機能を詳しく観察しました。断眠を始めてから三日目より、記憶力が大幅に低下し、極度のイライラ感が現れたといいます。また、子供でもできるような簡単な計算もできなくなったそうです。

いずれのケースも、人間の脳が正常に機能し続けるには、睡眠がなくてはならないものであることを、生きた実例として教えてくれています。これほど極端な断眠ではないにしても、睡眠不足は脳機能に関する異常状態の予備軍だと考えてください。