「寝る子は育つ」のメカニズム

必要な睡眠時間の長さは、同じ個人でも年齢によって異なってくるものです。このことを充分に自覚していない人が多いため、思わぬ落とし穴に陥ることがよくあります。

一般的には、年齢を経るに従って必要となる睡眠の長さは短くなる傾向があります。これは、特に成長ホルモンの分泌と深い関係があるのです。

成長ホルモンには、分泌される時間帯にユニークな特徴があります。ノンレム睡眠のうち、ステージ3とステージ4という深い睡眠のときだけしか分泌されないのです。

成長期には、その名の通り成長ホルモンが不可欠です。そのため、このホルモンがしっかりと分泌されるように、ステージ3とステージ4の睡眠を充分にとる必要があります。このためには、睡眠全体の時間も長い必要があります。「寝る子は育つ」と言われますが、これは医学的にも根拠がある格言だったのです。 

「ロングスリーパー」と「ショートスリーパー」の格差を生み出しているメカニズムについては、まだはっきり解明されてはいません。ただし、睡眠の長さに影響を与える遺伝子が、何らかの形で関与しているのは確かでしょう。

実はすでに、ショウジョウバエでは睡眠時間を短くする遺伝子が見つかっています。「シェーカー」と呼ばれる突然変異を起こした遺伝子を持つショウジョウバエは、睡眠時間が極めて短いことが米国・ウィスコンシン大学の研究チームの実験でわかりました。普通のショウジョウバエは9時間から15時間も眠るのですが、この遺伝子を持つハエは、何とその三分の一の時間しか眠りません。それでいて、起きているときの活動は、普通のハエと変わりはありません。ただし、その分、寿命は短くなります。

ショウジョウバエと人間ではあまりに差があるので、ショウジョウバエでの研究成果など何の参考にもならないと感じた方も多いでしょう。しかし、睡眠や記憶のメカニズムに関して、ハエとヒトとは実は意外にもよく似ていることが知られています。ウィスコンシッ大学の研究チームが、あえてショウジョウバエを研究対象に選んだのもこのためです。おそらく、今後は人間でも、「ロングスリーバー遺伝子」や「ショートスリーバー遺伝子」が見つかることでしょう。

いずれにしても、必要な睡眠の長さに個人差があるのは間違いありません。「睡眠時間を3時間に削ったら、ビジネスが上手くいった」「睡眠時間を4時間に切り詰めて勉強したら、志望校に合格できた」……。世間では、こうした短時間睡眠の武勇伝があふれています。

こうした夢のような成功談を知ると、マネしたくなるのが人情です。しかし、こと眠りについては個人差が大きいため、他人の成功経験をそのままマネするのは妥当ではありません。あなた自身にピッタリ合った睡眠時間を見つけ出す努力を惜しんではいけないのです。

人間の脳にとっては、一日に何時間、眠るのが最も望ましいのでしょうか。これは、脳のコンディションをよい状態に保ち、仕事やプライベートで充実した生活を送るには、是非とも知っておきたいことです。

しかし、残念ながら、万人に当てはまる理想的な睡眠時間は存在しないというのが医学研究の結論です。必要な睡眠時間は、遺伝子のタイプや日中の活動量、年齢、気分の状態、それに性ホルモンの周期などによって異なるからです。他人にとっては最適な睡眠時間であっても、あなたにとって適しているかどうかはわかりません。

世間では、8時間の睡眠が最適だと考えている人が多いようですが、これには何ら科学的な根拠はありません。元々は、一日24時間を3で割ったら8時間になったというだけのことで、きりかいい数字だという以上の意味はないのです。世間に定着した「8時間睡眠」は、実は科学的研究によって導き出された結論ではないのです。

 

そこでお勤めするのが、「ウイークェンド・シェスタ」です。スペインなどラテン系の人たちにはシエスタという習慣があります。日本人は時間に追われながらあわただしくラッチをとるのが一般的ですが、彼らは違います。ワインなどを飲みながらのんびり昼食をとり、たっぷりと昼寝をしています。おかげで、商店も官公庁も午後の数時間はしまっているのが一般的です。

ウイークエンドの寝だめには、このシエスタの習慣がもってこいです。朝寝坊するのではなく、いったん、いつもと同じ時刻に起床し、しっかりと光を浴びるのです。できれば15分以上、浴びるのが理想的です。こうしてメラトニンの分泌をいったん止めておきます。軽い朝食などもとったほうがよいでしょう。そのうえで、もう一度、眠るのです。

一度、光を目に入れてメラトニンの合成をストップさせておくと、たとえもう一度眠っても、15時間後には再びメラトニンの合成が始まります。おかげで、体内時計のリズムは崩れなくて済みます。これが「ウイークエンド・シエスタ」の最大の長所です。

ただし、「ウイークエンド・シエスタ」は本物のシエスタと違って午前中に行なってください。午後に30分以上、昼寝をしてしまうと、やはり睡眠リズムが崩れてしまいます。

ウイークエンドの寝だめに優る最強の裏技、「ウイークエンド・シエスタ」について説明してきました。ただし、一般には「寝だめ」と言っているので、本書でもここまで「寝だめ」という言葉を用いてきましたが、これは厳密に言えば間違いです。

お金にたとえるならば、睡眠に関しては、借金を返すことはできても、貯金はできない仕組みになっています。長時間、眠ることによって過去2週間の睡眠不足のダメージをある程度カバーすることはできます。しかし、長時間、眠ったところで、将来の睡眠不足をカバーすることはできません。「明日から忙しくなるから、今日は寝だめしておこう」というのは、医学的な根拠はありません。「寝・借金返し」では語呂が悪いので、私も「寝
だめ」と言っていますが、本当は違うのだということは、頭の片隅に置いておいてください。

本来は毎日、充分な睡眠を確保するのが理想的です。しかし、あわただしい現代社会ではそれも叶わぬ夢かもしれません。ならば、せめて「ウイークェンドーシェスタ」を実践し、体内時計だけでもしっかりキープできるように心がけてください。 

このように体内時計のリズムを崩すことには、大きなデメリットがあります。そこで、週末に長い時間、眠りたいときは、朝寝坊するのではなく、いつもよりも早い時刻に眠ることをお勧めします。就寝時刻が一定しなくても、起床時刻が一定なら体内時計は狂いにくいからです。また、仮に2時間や3時間、早く眠ったとしても、起きる時刻が一定ならば、ストレスホルモンのグルココルチコイドはその時刻に合わせて分泌してくれます。もし、ウイークデーの睡眠不足を週末に埋め合わせしたいなら、いつもよりも早く眠るようにするのが理想的です。 

とはいっても、実際には早く眠るのは、そう簡単ではありません。睡眠不足の場合、朝寝坊だったらいくらでもできるのに、不思議と早くは眠れないものです。実はこれにも理由があります。鍵を握っているのはメラトニンの分泌リズムです。

睡眠ホルモンのメラトニンは、朝、光を浴びてから15時間はどたたないと分泌されない仕組みになっています。メラトニンがぐっすりと眠りにつくのに必要な量になるのには、分泌開始から、さらに2時間ほどかかります。つまり起床してから17時間後より前にベッドに横になっても、メラトニンの量が十分ではないため、なかなか眠ることができないのです。ウイークエンドの寝だめは、早く寝ればそれで解決とまでは言えないようです。 

ブルーマンデー症候群がつらいのは、単なる寝不足だけが原因ではありません。ストレスホルモンの分泌がライフスタイルに合わなくなるのも、弊害の一つです。

副腎皮質が分泌するグルココルチコイドは、副腎髄質が分泌するカテコールアミッなどと合わせて、別名、「ストレスホルモン」と呼ばれています。その名の通り、肉体的にも精神的にもストレスがかかると、自然に分泌される仕組みになっています。グルココルチコイドは、長期間分泌され続けると、十二指腸潰瘍や糖尿病、それに内因性うつ病の原因になるなど、人体に悪さをします。ところが、短期間に限っていえば、このホルモンは体 内の各臓器がストレスに対処する能力を与えてくれます。「ストレスホルモン」という別名はいかにも悪者といった印象を与えますが、実際にはよい働きもしてくれるのです。

このグルココルチコイドの分泌に関しても、一日のリズムがあります。起床直前に最も分泌量が増加し、起床後は徐々に低下するのです。これは、起床に伴うストレスに対抗するためだと考えられています。必要なときだけ集中的に分泌しようという戦略をとっているのでしょう。

体内時計のリズムに合わせて起床していれば、グルココルチコイドが充分に分泌されるため、その力を借りて起床後は活発に行動できます。ところが、週末の寝だめで体内時計がずれてしまったら、月曜日の起床時には、グルココルチコイドがまだ分泌される時間になっていないため、必要な濃度に達していません。このため、起床に伴うストレスに対処できないのです。

また、この場合、自律神経も睡眠モードのままです。自律神経は眠っているときは休息のための副交感神経が優位となっています。これが起床とともに、活動のための交感神経にシフトするのです。しかし、月曜日の朝は、無理やり起きても、交感神経がまだ活性化 していないため、ボーっとした感覚が残ってしまいます。

さらに、深部体温についても、充分に上昇してくれず、眠っているときの低い温度のままです。これでは脳も身体も活発に働けるわけはありません。瀬戸内寂聴さんは「出家とは、生きながら死ぬことだ」との名言を残しました。これに対抗して、私は「寝だめした翌日は、起きながら眠っている」と言いたいのですが、できはいかがでしょうか。 

会社勤めの社会人や学生にとって、体内時計のリズムを狂わす最大の要因は、ほぽ例外なくウイークエンドの寝だめです。大半の方はいくら眠くても、ウイークデーには会社や学校の始業時刻に合わせて起床しています。睡眠不足であったり『寝ボケ脳』になっていたりすることはあるでしょうが、最低限の一日のリズムは保たれています。

ところが、週末になると朝寝坊ができるために、ウイークデーの睡眠不足を解消しようと、ついつい寝だめしてしまいます。これは、人間の脳に、過去2週間くらいに経験した睡眠の不足を普段より長めに眠ることにより補おうとする性質があるためです。正式には「跳ね返り現象」と呼ばれています。

朝寝坊は、その場は実に気持ちがいいものですが、すぐにしっぺ返しが数倍になって返ってきます。週末に朝寝坊すると体内のリズムがすっかり狂ってしまうため、月曜の朝は地獄のようにつらい通勤通学が待ち構えているのです。これは「ブルーマンデー症候群」と呼ばれていますが、実際には月曜だけでは完全に回復しないことが少なくありません。

週末の二日間にわたり体内時計を大幅にずらしてしまうと、月曜の一日だけで完全にリズムを戻すのは困難です。場合によっては、直すのに最大で四日くらいかかることもあります。この場合は、まともに過ごせるのは金曜日の一日だけという、何とももったいない一週間になってしまいます。

世の中には「朝型」と「夜型」という2つのタイプの人がいます。体温リズムは、このタイプの差まで明らかにしています。

朝型の人は、朝、早く目が覚め、午前中は調子がいいのです。ところが、午後になると調子が徐々に低下し、夜はすぐに眠くなってしまいます。一方、夜型の人は、朝は寝起き が悪く、午前中は調子が出ません。しかし、午後になると本領を発揮し、夜は遅くまで眠くなりません。

こうした両極端なタイプの人は、そもそも一目の体温リズムが違うことが明らかになっています。朝型の人は、起床後すぐに体温が上昇しますが、夜型の人は、なかなか上昇してくれません。この二つのタイプでは、体温がピークを迎える時間帯も異なります。朝型の人は午後にはピークをつけますが、夜型は夕方にならないとピークは訪れません。体温リズムは、一日の調子の変化を如実に映し出しているのです。

体温リズムからは、睡眠と覚醒についての教訓も読みとれます。無気力な子供たちに蔓延していると言われる低体温は、実はただ単に体温が低いだけでなく、リズムが平坦になっていることが知られています。昼間は深部体温が充分に上がらないので、脳も身体も活動的にはなりません。その一方で、睡眠中は充分に体温が低下していないため、質のよい睡眠もとれていない可能性があります。

睡眠と覚醒のリズムも、それを体温変化に置き換えた体温リズムも、結局のところ、目的は、夜は深く眠り、昼は活発に行動することにあります。夜に深く眠れるほど、昼は脳も身体も高い機能を発揮してくれます。逆に、昼に充分に活動すれば夜は質の高い睡眠をとることができるのです。一言でいえば、昼と夜のメリハリこそが重要だというわけです。「昼はバリバリ、夜はぐっすり!」そんなライフスタイルを目指してください。

光の刺激や朝食、それに他人とのふれあいなど同調因子を上手く活用すれば、睡眠覚醒のリズムばかりでなく、体温のリズムも整えることができます。体温は、いわば「全身の代謝のバロメーター」です。病気でない限り、体温が高いというのは体内で代謝が活発に行なわれている証拠です。一方、最近、問題になっている低体温の状態では、代謝は充分に行なわれていないと考えるべきです。

ただし、ここでいう体温とは、皮膚に近い部分の温度を意味する体表温のことではないので、注意してください。一日のリズムを刻むのは、身体の奥深い部分の温度を意味する 深部体温のほうです。深部体温とは、正確には心臓や大動脈を流れる血液の温度なのですが、実際には直腸の温度として測定されることが多いので、直腸温と同じと考えていただいて結構です。

この深部体温は、健康であれば、毎日、一定のリズムを刻みます。一般には起床後、身体の活動を反映して、体温も緩やかに上昇を続けます。そして夜になると、逆に体温は下降し始め、これも刺激になって眠りにつくのです。こうして昼の活動と夜の休息のメリハリを、体温も一緒になって生み出しているわけです。

ところが、午前中、ボーっとして頭がよく働かない『寝ボケ脳』に陥っているときは、多くの場合、体温も上手く上昇できていません。『寝ボケ脳』は、その名の通り、体温についても、半分、眠っているような状態にあるのです。『寝ボケ脳』を退治するには、午前中にしっかりと深部体温を上げることが必要です。

さらに、日中に充分に体温を上げておけば、夜、寝つきがよくなるというオマケまでついてきます。脳は体温が低下すると眠気を感じます。注意してほしいのは、体温が低いという温度自体が原因で眠くなるのではなく、低下するという温度変化で眠くなるということです。ですから、日中に体温を充分に高くしておかないと、夜に充分な低下が起こらないため、寝つきは悪くなるわけです。

ちなみに、のちほど詳しく説明しますが、入浴によって入眠しやすくなるのは、お風呂に入ると、いったん擬似的に深部体温を上げ、その後、体温を確実に下げることができるためです。

このように、一日の体温リズムは睡眠覚醍のリズムと表裏一体です。睡眠リズムをしっかりと身につければ、適切な体温リズムも身につきます。その一方で、理想的な体温リズムを保てば、よい睡眠リズムも手に入れられるというわけです。

光の刺激や人とのふれあいに加えて、25時間の体内時計を24時間の周期に同調させる因子として食事も重要です。

体内リズムを味方につけて、午前中も仕事や勉強の能率を上げるためには、朝食が欠かせません。朝食はエネルギーを補給するだけでなく、胃腸を働かせることによって脳を睡眠モードから活動モードに切り換えてくれます。そこで、ここでは、体内時計を調節する最強の朝食法をご紹介しましょう。

私か朝食にこだわるのには理由があります。以前は、朝食をとったほうがよいのは当然だと考えられていました。ところが最近、一部で、ダイエットのために朝食を抜くことが提唱されています。この影響で、若い女性を中心に朝食をとる努力をしない人が増えてきました。医師の立場からすると、これは実に困った現象です。

朝食を抜くダイェットのなかには、まったく医学的根拠のないものも少なくありません。 

下アゴの関節の付近には、「翼突筋静脈叢」と呼ばれる、血液がたまりやすい部分があります。アゴを動かすと、この静脈叢がポンプのような役割をして、脳から使用済みの血液を心臓に戻してくれます。その分、使用前の新鮮な血液が脳に多く送られるというわけです。

また、食べ物をかむと「コレシストキニン」という脳内ホルモンが増加し、脳の機能を高めてくれます。コレシストキニンは、元々は胆嚢を収縮させる消化管ホルモンとして知られていました。ところが、一部は脳内にも存在し、神経細胞と神経細胞の情報伝達に役立っていることがわかってきました。起床後、早い段階で食べ物をよくかめば、コレシストキニンの働きによって脳が活動モードヘとスムーズに切り換わってくれます。

もし、朝食に流動食しか摂らないなら、是非、ガムをかむことをお勧めします。子供のアゴを発達させるためには硬いものをかむ必要がありますが、脳への血流を増やすだけなら軟らかいものでも変わりありません。要はアゴを上下に動かしさえすればいいだけです。ですから、何も硬いせんべいをかまなくても、軟らかなチューインガムをかむだけで、充分に効果は期待できます。